タクシー

あれは僕が小学3年生だったころ。

僕の実家は北海道札幌市の端っこの手稲区というところにあるのだが、

当時の手稲区は
民家と野っ原と山と海しかないような
結構な田舎であった。

そんなおり、祖母が大きな病気に罹り
当時の手稲には設備の整った総合病院なんてなかったので
手稲からちょっと離れた
西区の琴似[ことに]街の総合病院に入院することになった。
「ばあちゃん、今度はちょっと危ないかもしれないな…」
親や親戚がそんな会話をしている。

それを小耳にはさんだ僕は、いてもたってもいられず
祖母が入院している琴似の病院に、一人でお見舞いに行くことにした。

当時9歳の僕は、新聞配達をしていた。

僕のうちは母一人子一人。

今でこそシングルマザーなんて呼び方が一般的だが
昭和の頃は「片親」なんてふうに呼ばれいて

今ほど男女雇用が平等ではなかったので
母の収入もそれなりに低く
生活するのが精一杯の状態。

当然、「小遣い」などというものはなかった。

昭和60年前後のこととはいえ
小学生ともなると、友達と遊ぶにもしても
駄菓子屋でジュースを買ったりする小銭は必要だった。

そこで僕は、電話帳を開き
近所の北海道新聞の販売店に片っ端から電話をかけ
夕刊配達の仕事をもらうことができた。

今では考えられないことだが
昭和末期の頃は、小中学生の新聞配達というのは
かなりポピュラーな光景であった。

たしか40部前後の少ない件数だったが
月に4000円ちょっとの給料がもらえた。

子供にしてみれば大金である。

その時もちょうど給料日だったと思う。
新聞販売店から給料袋をもらい
中身が四千数百円入っていることを確認した僕は
車の往来が多い大きな通りに出て
タクシーを拾うことにした。

9歳の僕はまだ電車やバスの乗り方は分からなかったのだが
タクシーの乗り方は、以前に母がやっていたのを観察していて、ざっくりと知っていた。
通りを走るタクシーを見つけたら手を挙げて乗せてもらい、行き先を告げる
目的地についたら料金を払って降りる
たったこれだけなので
小学低学年の僕の頭でも理解できた。

さっそく通りに出て、
タクシーが来たら小さな手を挙げる
だが、タクシーは停まってくれない。

それもそのはず。
小学3年生なんて、まだまだちびっ子である。
そんなのがいくら頑張って手を挙げたって
タクシーの運転手さんは本気にしてくれず、
「どうせイタズラだろう」
としか思われないのである。
1台、また1台
手を挙げてもそのまま通り過ぎていってしまう。

そこで僕は考えた。
さっきもらったばかりの給料袋を手に持って
タクシーが来たら、それを高々と掲げたのである。

まるで、
「ここにお金がありますよぉ~、ちゃんとしたお客さんですよぉ~」
と言わんばかりのアピールである。

すると作戦が功を奏したのか
1台の個人タクシーが停まった。

ガチャッと後部座席のドアが開く。

すかさず車内の乗り込む僕。

すると初老の運転手さんは
「ボク、お金持ってるの?、どこまで行きたいんだい?」
と聞いてきた。

僕は給料袋の中身を全部出して運転手さんに見せながら
「これで琴似の○○病院まで行ける?」
と尋ねた。

琴似までは片道2000円ちょっとかかる。
往復で四千数百円。

給料の額でギリギリ間に合うか、ちょっと足りないかもしれないくらいだ。

運転手さんもそれを頭の中でざっくりと計算してくれて
「ボク、これだと帰りの分まではちょっと足りないかもしないなぁ~」
と教えてくれた。

僕は
「じゃあ、2000円のところで降ろしてください。
そこからは歩きますから」

そう言うと運転手さんは車を発信した。

9歳の男の子が初めて一人で乗るタクシー
車内の様子や車窓に映る景色なんかは
緊張で全然覚えていない。

運転手さん
「ボク、なんで一人で琴似の○○病院になんて行くんだい?
お母さんとかお父さんは?」

大人からすれば子供一人でタクシーに乗って街まで行くなんて
不審以外の何者でもない。

でも僕は素直に答えた
「ばあちゃんが入院してるんだ、

もしかしたら死んじゃうかもしれないんだって

だからお見舞いに行こうと思って」

 

運転手さん
「でも、それだったら、お父さんとかお母さんに連れて行ってもらえばいいじゃないの?」

 


「ぼくのうち、お父さん、いないんだ

お母さんはまだ仕事。

帰ってくるの待ってたら病院閉まっちゃうよ

だから僕、一人で行こうと思って」

 

運転手さん
「そうかぁ、ボク、エライなぁ

ばあちゃんのコトが好きか?」

 


「……ううん、よく怒られるから

あんまり好きじゃない」

 

僕は照れ隠しにそんなコトを言ったと思う。

運転手さんは「そうか」とだけ言って
後は無言になった。

ふと気づくと、○○病院の目の前だ

あれっ?料金、大丈夫なの?

一瞬、不安になった。

 

運転手さん
「さあ、ボク、着いたよ」

 

病院の入口のまん前だ

僕はおそるおそる
「あ…あの…、いくらですか…」
と訊いた。

 

すると運転手さん
「あちゃ~!おじさん、メーター倒すの忘れてたぁ~

メーター回ってないから金額わかんないや

今日のところはお金はいいよ」

 

運転手さんは前を向いたまま頭をポリポリと掻いた。

 


「えっ!?ホントにいいの?

だって琴似に着いてるんだよ

僕、お金払いますからぁ

僕、新聞配達してるから、お金はあるんだよ」

 

運転手さん
「それより、ホラ、早く行かないと

病院閉まっちゃうぞ

ささ、降りた降りた」

ガチャっと自動ドアを開けた

 


「ええ~…、でもぉ~」

 

運転手さん
「コラっ、早く降りなさいッ

おじさんだって忙しいんだから」

 

僕はしぶしぶタクシーを降りた

「あっ、ありが…

バタンッブウゥゥゥゥゥゥ・・・・・

結局、お礼の一言も言えず、
そのタクシーは走り去っていってしまった。

今にして思えば、なんて粋な運転手さんであろうか
個人タクシーだからこそ成せるのであろうか

あるいは当時の日本は、
今のように規制やルールでガチガチに縛られていなかった
ゆる~い日本だったからこそ
こーゆー人情話的な粋な計らいができたのかもしれない。

でも9歳の僕は

「いいのかな?もうけちゃったなぁ」

ぐらいにしか思っていなかったと思う。

子供の思考なんてそんなもんである。

今、大人になってから思い返すと
頭蓋骨がひび割れるくらい地面に頭を叩きつけて
お礼を言いたいッ!

そして僕は、その浮いたタクシー代で
ばあちゃんへの見舞いの品を買うことにした。

隣のイトーヨーカドーの入口付近で売っていた

「エメラルド-2000円」

と書かれた指輪を買った。

本物のエメラルドが2000円なワケがない
絶対ニセモノだ

でも子供の僕は
「へぇ~、エメラルドって僕でも買えるんだぁ~」
ぐらいにしか思っていなかった。

まったくアホである。

そして、ばあちゃんの病室へ

「なんだい、アンタ、一人で来たんかぁ?」
ばあちゃんは驚いていた

意外と元気そうである。
僕はホッと一息ついて
入院見舞いのエメラルドの指輪を渡す。

ばあちゃん
「????・・・」

今、考えてみると、
入院しているのに
エメラルドの指輪なんてもらっても
どーすんねんッ

しかも、ニセモノだし

もし、入院患者の婆さんが
ニセモノのエメラルドの指輪をつけて
病院内をウロウロしていたら
間違いなく認知症を疑われるであろう。

そのばあちゃんは
まったくもって危険な状態でもなんでもなく
その後30年ほど生きて
亡くなったのは去年である。
97歳の大往生だ

僕は久々に札幌の実家に行き
孫の筆頭として葬儀に参列した。

仕事の都合もあり、午後には愛知行きの飛行機に乗らなければならない。
そのため火葬までは立ち会えず
告別式の後、僕だけ斎場からタクシーに乗って
最寄のJRの駅まで向かうことになった。

その時、ふと
9歳の頃の、このタクシー話を思い出した。

うちの実家の最寄駅は「稲積公園駅」であるのだが
タクシーに乗った僕は別の行き先を告げた。

「すいません、琴似駅までお願いします」

琴似駅からでも空港行きのJRに乗れるので問題ないのだ。

冬の札幌の冷たい空気を懐かしく感じながらも
タクシーの車中には
おじさんになってしまった僕と9歳の頃の僕を
思い出の中で重ねる僕がいた。

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