さてさて、
アコギな派遣会社に半ば騙されたような感じで内地に上陸したぼく
同室のY田君がリストラされた後も
ぼくは日産の自動車製造工場で2度の契約更新を経て
まもなく一年が過ぎようとしていた
正社員でも音をあげる地獄の28工程を耐えられる男として
僕はたいへん重宝されていた
工長から「正社員」の薦めも受けたが
直営のアルバイトや期間工であれば
正社員になる資格があるそうなのだが
いかんせん派遣労働者は、
あくまで別の会社の人間扱いなので
そもそも正社員になる資格がない
つまり将来は明るくないのである
仕事は相変わらずどぎつい肉体労働で
気づけば腹筋は6つに割れ
胸筋や肩筋はゴリゴリになっていた
しかし、こんな奴隷のような生活の中でも
がんばって生きていれば良いこともあり
街で、ある女の子と意気投合し
付き合うようなった
寮住まいの派遣労働者の身分でありながら
彼女ができたのである
それはそれでうれしかったのだが、
なんせ給与がべらぼうに安い…
派遣会社というのはピンハネのパラダイスで
通常の日当からピンハネされるのは当然
それだけにとどまらず
通常であれば支給されているであろう
皆勤手当て
期間満了手当て
残業手当
休日出勤手当て
夜勤手当
などの手当関係もすべてピンハネである
その上、寮費や食費やキャリア費という謎の費用が天引きされているので
月に実際に手元に入ってくるお金は10万円を下回ることも多々ある
繁忙期で、毎日残業1時間以上、土曜日も休日出勤
夜勤もあるから通常なら月給30万円は下らないであろう月であっても
給料明細を見た瞬間、ガクゼンとなることが常で
この奴隷のような環境にいたのでは
いつまでたっても金は貯まらない
僕のざっくりとした計画では
内地に行く
↓
寮生活でお金を貯める
↓
寮から出て一人暮らし
↓
居住所ができたら内地で正社員の職を見つける
↓
派遣会社を辞める
というステップを進むつもりが
最初の一歩から底なし沼にハマっている
さながらカイジの地下帝国である
なんとかこの状況を打破しなければ
ぼくはまた情報収集をはじめた
そこで目に飛び込んできたのが
トヨタ自動車の期間工募集の広告
同じ自動車製造工場であるが
直営の期間工であるので
ピンハネはなく、手当てもフルにもらえる上
正社員登用の可能性もある
そして寮が無料である
ただし、場所が愛知県
ぼくはこの神奈川県が実は結構気に入っていた
首都圏からほど近いということで街が華やかで、
小田急線一本ですぐ東京へアクセスでき
あらゆるものが容易に手に入る
道民にとっては夢のような話である
実は、今の仕事であるパソコンやITに本格的に目覚めたのもこの時で
秋葉原へ行けば、おおよそパソコンに関係する事はなんでも勉強できた
だから首都圏を離れたくはなかったし
それに彼女もいたので、僕は大いに悩んだが
きっと彼女だって、僕が生活基盤を安定させないことには結婚だってままならないだろう
愛知県で一人前の生活ができるようになったら
きっと迎えに行くから、しばらくの間離れるのは我慢しようと思い
履歴書を携え、横浜で開催されていた面接会場へ足を運ぶ
期間工の面接なんて形式だけのもので
数ヶ月だけ工場で働いてもらう労働力を
全国各地からブルドーザーみたいに
がっさぁーーーッと集めるだけなので
よっぽどのことがない限りは採用されるのであるが
なんと、この面接で僕は落とされたのだった
なぜなら
「まだ派遣会社に籍があるから」という理由である
採用するのは、今現在、完全無職の人のみで
まだ働いている人は対象外なんだそうです
これには困った
ぼくは北海道からやってきたビジターである
内地には身寄りもなく、今住んでいる日産の寮が唯一の住家である
会社を辞める イコール 寮を追い出される イコール ホームレスになる
という図式である
なので、退職する場合も、
次の寮つきの会社が決まってから
寮 to 寮という具合に上手く渡らなければ
この寒空の下、ホームレスになってしまう。
それなのになのに、トヨタの面接官は
「派遣会社を辞めてから来てください」
などと無常にも言い放つのである
ど・・どうすればいいのだッ
でも、ちょっと考えたらすぐに答えは出た
「ウソつけばいいんじゃん」
そう、僕は変なところが正直すぎるきらいがある
若い頃に札幌のテレビ局の面接を受けたときも
「ウチの局の番組で、好きな番組はなんですか?」
という質問に対して
「僕はいつも5チャンネルを見ているので1チャンネルの番組はあまりわかりません」
などと答えてしまう大馬鹿正直者である
次の日
あの面接官がいる横浜会場へはもう行けないので
今度は東京会場へと足を進める
これで、東京会場に昨日の横浜会場の面接官がローテーションで来ていたら苦笑いでアウトだが、幸い、全然違う人である
ぼくは意気揚々と答えた
「はいっ!!無職ですっ!!」
人生で、こんなに元気よくイキイキハツラツと無職をアピールすることはそうそうないであろう
これからトヨタの期間工に行ってみようという方は
元気よく「無職」をアピールしてくださいね
ヘタに働いてますなんて言ったら落とされますよ
そんなこんなで、僕は見事?トヨタ自動車の期間工に採用
二週間後には愛知県である
日産のほうは、ちょうど次の任期も近かったので
後二週間で辞める旨を伝えると
工長などは口もきいてくれなくなった
ま、それはそれで仕方ないとして
心配なのは彼女である
神奈川と愛知
この距離に耐えられるであろうか
実家住まいの彼女の家を訪れる
しかし、そんな心配は無用であった
僕は、次にトヨタの仕事が決まっているとはいえ
二週間後には一時無職になるのが確定している
そこに彼女の親が傷口に粗塩をすりこんできた
「大事な娘は北海道から来たどこの馬の骨ともわからん奴には不釣合いだ
まして、二週間後には無職になるそうではないかッ
そんなのは、もう論外である
娘とは別れてくれッ」
という具合である
でも、こんなとき、ドラマだったりすると
彼女のほうが
「お父さんお母さん、違うのっ
、
ダイスケ君はがんばってるのっ、
仕事を辞めるのだって、ちゃんと理由があるんだからっ
私はダイスケ君を信じているワっ」
などと味方になってくれるものと思っていた
そんな彼女の口から出た言葉が
「ごめん、親が反対してるから別れて」
「ええぇぇぇぇーーーー!!」
道民は傷ついたよぉ~
深くふかぁーく傷ついたよぉ~
北の国からの純さながらに
「かあさん、僕は今、迫害されているワケで…」
そんなナレーションが聞こえてくるほどである
著しく落ちこんだが
ま、いいさ
これで未練はなくなった
身軽になってまた愛知でがんばろー
そんな思いを胸に
僕を乗せた新幹線は名古屋へと向かう
ちなみに、この彼女からは
その後、数ヵ月後に
僕の次に付き合った彼氏と別れてさみしいから逢いに来て
などという、怒りを通りこして鼻毛でアメリカンクラッカーしちゃうような
傍若無人なメールが来たが、当然、無視である
そんな色んな感情が入り混じった神奈川での日々は
今となっては淡い思い出である
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